「本人のモチベーション」と「少しの努力」
目立たない
自分で取り外せる
食事がしやすい
こうした多くのメリットからマウスピース矯正をされる方が増えています。従来のワイヤー矯正と比べると見た目のストレスが少なく、矯正治療のハードルを大きく下げてくれた治療法です。しかし事前にお伝えしておかなければならない大切なことがあります。それは、ご本人の強い意志と日常の少しの努力がなければ、絶対に上手くいかないということです。
ワイヤー矯正とマウスピース矯正の違い
従来のワイヤー矯正とマウスピース矯正における努力の違いについて考えてみましょう。

ワイヤー矯正
ワイヤー矯正は、一度歯の表面にブラケットという装置をつけ、そこにワイヤーを通すと、ご自身で取り外すことはできません。つまり、装置がついている限り、24時間絶え間なく歯に力がかかり続けます。治療の進行そのものは、患者様の意志とは関係なくオートマティックに進んでいきます。その反面、ワイヤー矯正で求められるのは虫歯や歯周病にならないための入念なブラッシングです。
複雑な金属装置の隙間には食べカスがつまりやすく、歯磨きが非常に難しいのです。専用のタフトブラシや歯間ブラシを駆使して丁寧に磨かなければ、虫歯や歯肉炎になってしまいます。装置がある中でのブラッシングは相当な根気と努力が必要ですが、歯を動かすことは装置任せ、ということです。
マウスピース矯正

取り外せる利点と、表裏一体の「自己管理」
マウスピース矯正はご自身で取り外しが可能です。アタッチメント(歯の動きを補助するために表面につける小さな樹脂の突起)が歯の表面に付くものの、ワイヤー矯正に比べれば歯磨きの手間ははるかに少なく、口腔内を清潔に保ちやすいという絶大なメリットがあります。食事も普段通り楽しめるため、ストレスは非常に少ないでしょう。しかし、取り外せる、見た目が良い、というメリットは、ご自身の管理次第で結果が大きく左右されるというリスクと表裏一体です。
変な言い方になりますが、ワイヤー矯正が一度装置が付けば逃げられない治療であるとするなら、マウスピース矯正は自分の意志でいつでもやめれる、中断できる、おかしくしてしまう治療です。マウスピース矯正ではモチベーションが不可欠となる最大の理由があります。
マウスピース矯正成功のための約束
1日の「装着時間」を厳守する
マウスピース矯正で最も重要であり、かつ途中で挫折しやすいのが装着時間の確保です。マウスピース矯正は、目標とする歯並びに向かって少しずつ形を変えたマウスピースを当院では5日〜1週間ごとに交換していただき歯を動かしていきます。ここで知っていただきたいのが、歯の移動と「時間の関係」です。ワイヤー矯正と違い、マウスピース矯正は外している間、歯に力が一切かかりません。そればかりか、外している時間があると、歯は元の位置に戻ろうとする力(後戻り)が働きます。
外した時間の倍だけ歯は動かない

外していた時間の倍の時間分、歯の移動が遅れる(動きが止まる)と考えていただく必要があります。例えば、1日のうち22時間装着し、食事や歯磨きのために2時間外したとします。“22時間もつけているから十分でしょ”と思うかもしれません。しかし、外していた2時間によって歯には戻ろうとする力が働き、実質的には22時間 − 2時間 = 20時間分しか歯が動いていない計算になります。もしこれが寝る時に付け忘れてしまった、学校につけ忘れて行ってしまった、となると、歯はシミュレーションから大きくズレていきます。
意志がなければ何回やり直しても同じ
マウスピース矯正は24時間に可能な限り近い時間(基本は1日20〜22時間以上)装着し続けて初めて、シミュレーション(計画)通りに歯が動きます。今日くらいは外して寝よう、面倒くさいから後で付けようという油断が積み重なると、マウスピースの適合が悪くなり、診断、治療計画をやり直すことになります。24時間の中で極力外す時間を減らし、食後はすぐに歯を磨いて装着する。これは、ご本人の歯を綺麗にしたいという強い意志がないと達成できません。
チューイーをしっかり噛む

治療が始まると、マウスピースを渡された際一緒にチューイーと呼ばれる小さなゴム製のローラーのような器具をお渡しします。このチューイーの使い方が、治療の成否を分けるキーアイテムです。チューイーとは、シリコンゴムでできた円柱状の噛み込み用チューブです。マウスピースを装着した際、手でカチッとはめ込むだけでは、目に見えないわずかな隙間(浮き)が生じます。この隙間をなくし、歯とマウスピースを隙間なく完全に適合させるために、チューイーを全体でしっかり噛み込む必要があります。
少しの“浮き”が大きなズレにつながる
マウスピース矯正の仕組みは、精密な3Dシミュレーションに基づいています。今の歯列の形より0.25mmだけ進んだ形のマウスピースをはめ、そこに歯を引き寄せることで動かしていきます。もし、チューイーを使わずに装着し、マウスピースが0.1mmでも浮いていたらどうなるでしょうか?歯には正しい方向への力が伝わらなくなります。その状態で次のステップのマウスピースに進んでいくと、浮きはどんどん大きくなり、最終的にはマウスピースが浮き上がって歯は全然動かない、という状態に陥ります。
マウスピースをただ口に入れて終わりにするか、毎日指定された時間(1日10分程度)しっかりとチューイーを噛んで密着させるか。この地道な作業を毎日続けられるかどうかはご本人の意志にかかっているのです。
反作用を打ち消す顎間ゴムを使う

矯正治療を進める中で、歯科医師からゴム(顎間ゴム)の使用を指示されることがあります。これは上下のマウスピース(またはボタン)に小さなゴムリングを引っ掛け、引っ張り合う力を利用する治療法です。なぜマウスピースをしているのにゴムまで使わなければいけないの?と思われるかもしれませんが、これには物理学的な理由があります。
歯を動かす時に発生する反作用とは?
物理の法則に作用・反作用の法則があるように、歯を動かそうと強い力をかけると、必ずその反対方向に動かしたくない歯まで引っ張られてしまう反作用(不要な力)が発生します。分かりやすい例として、海での押し合いを想像してみてください。矯正治療においても、例えば出っ歯を引っ込めたいと思って前歯を後ろに引っ張ると、反作用で「奥歯が前にずれてきてしまう」という現象が起こります。それでは狙い通りの歯並びになりません。
面倒でも絶対にゴムを使わなければならない理由
邪魔な反作用の力を打ち消し、狙った歯だけを正しい位置に動かすために用いるのが歯科用のゴム(顎間ゴム)です。このゴムは、食事や歯磨きでマウスピースを外すたびに、自分自身で新しいゴムに付け直さなければなりません。指先を使って小さなゴムをフックに引っ掛ける作業は、慣れるまでは非常に面倒に感じられるでしょう。
しかし、指示されたゴムかけを怠ると、反作用によって想定外の方向に歯が傾いたり、噛み合わせが崩れて特定の歯に過度な負担がかかり、知覚過敏や顎関節の痛みといった重大な副作用を引き起こす危険性があります。
指示通りにゴムを使うかどうか。これもまた、医院側で監視することはできず、患者様ご本人の意志に完全に委ねられています。
(マウスピース矯正だけでなくワイヤー矯正でもゴムかけは行われます。ただし、骨格が柔軟で成長段階にある小学生などのお子様の場合は、このゴムかけを使用することはほとんどありません。)
まとめ
医院と患者様の「二人三脚」が作る最高の笑顔
ここまでお話ししてきた通り、マウスピース矯正には医院の診断だけではコントロールできない、ご自身に守っていただかなければならないことが多く存在します。
毎日20〜22時間以上の装着時間を守る
毎日のチューイーで完璧に密着させる
面倒なゴムかけを指示通りに正しく行う
これらはどれも特別な技術を要するものではありません。少しの努力とモチベーションの維持さえあれば、誰もが達成できることです。しかし、その少しの努力を毎日コツコツと積み重ねることが、マウスピース矯正における最大の難所でもあります。
特にお子様の矯正治療を検討されている保護者様へ

もし、お子様のマウスピース矯正をお考えの場合、このモチベーションはさらに重要なテーマになります。保護者様が、歯並びを綺麗にしてあげたい、今のうちに矯正させたい、と強く望んでいても、お子様ご本人に歯を治したい、毎日しっかりつけようという気がなければ、マウスピース矯正はまず成功しません。学校に行っている間に外していたり、チューイーを噛まなかったりすれば、治療は一向に進まず、費用も時間も無駄になってしまいます。
ですが、子どもの成長期に矯正治療を行うことには、大人になってからの治療に比べて顎の成長を利用できるため、将来的に抜歯をせずに済む可能性が非常に高いというかけがえのないメリットがあります。だからこそ、治療を始める前にお子様とよく話し合い、「なぜ今この装置をつけるのか」「頑張るとどんな良いことがあるのか」を理解してもらい、ご本人のモチベーションを高めてあげることが何より大切です。
最後に
マウスピース矯正は、患者さんと歯科医師・スタッフがガッチリと手を組む二人三脚の治療です。私たちがどんなに完璧な3Dシミュレーションを作成し、精度の高い治療計画を立てたとしても、実際にマウスピースをご自宅で装着し、チューイーを噛み、ゴムをかけてくださるのは患者さんご自身です。ご本人の綺麗で健康な歯並びを手に入れたい!という強い気持ちと、日々のほんの少しの努力。それこそが、思い描いた通りの美しい笑顔を手に入れるための、一番の近道であり絶対の条件なのです。未来の素敵な笑顔に向かって一緒に頑張っていきましょう。



