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マウスピースは歯ぎしりや噛みしめを治すための装置ではありません。

朝起きた時に顎が疲れている、噛み締めしているのがわかる、だからマウスピースを作って欲しいと来院される患者さんがある程度いらっしゃいます。そういう訴えのあるときに私は必ず、マウスピースは歯ぎしりそのものを止める装置ではありません、と伝えます。それでよければ作成します、と。マウスピースの役割は硬い歯と歯が直接こすれ合って削れることを防ぐのが一番の目的です。その次に歯ぎしりや噛みしめの力が顎関節に強い衝撃が行かないようにする防具です。
なぜマウスピースで治らないのか
マウスピースを入れても、脳からの噛めという指令は止まらないため、夜間の噛み締め自体が続くのです。精神的、身体的ストレスによる不安を処理して脳を守る防衛反応として、睡眠中に噛み締めてしまうのではないかと考えられています。現代人の宿命とも言えますがストレスフリーで生きていくこともなかなかできません。何か対策はないのでしょうか。
噛み締め(クレンチング)と歯ぎしり(グラインディング)
どちらも無意識のうちに歯や顎に強い負担をかける行為(ブラキシズム)ですが、同じではありません。
噛み締め(クレンチング)

上下の歯をグッと一箇所で強く噛み込み続ける行為です。筋肉が緊張し続けるため、顎の関節やエラの部分の筋肉に大きな負担がかかります。朝起きると顎がだるいとか、舌の側面がギザギザした形になっているというサインが現れます。
歯ぎしり(グラインディング)

上下の歯を横や前後にギリギリと擦り合わせるタイプです。上下の歯同士が激しくこすれ合うため、歯の表面が削れやすく、知覚過敏の原因になります。前歯の先端が平らになっていたり、夜中うるさいと言われるなどのサインが出ます。
噛み締め時にかかる驚きの重量
食事の際に硬いものを噛む力は、最大でもせいぜい自分の体重と同程度です。しかし、就寝中の無意識な歯ぎしりや噛み締めでは、体重の2〜5倍、およそ100kg〜300kgもの負荷が歯や顎にかかっている。これは力士1人が歯の上に立っているような数値です。さらに問題なのは時間です。食事で強く噛む瞬間は1日合計でもわずか2分くらいとされていますが、噛み締め癖がある人は、日中夜間合わせて数時間負荷をかけ続けています。
日中の噛み締め癖が大きく影響しています

人間が何もしていないとき、唇は閉じていても本来上下の歯は接触せず、1〜2mmの隙間があるのが正常です。これを生理的安静位と言います。本来、人間の上下の歯が接触している時間は、1日の中で食事や会話を含めても20分までが正常です。しかし、スマホやPC作業に集中する現代人は、1日に数時間も無意識に歯を接触させています。家事も例外ではありません。無意識にずっと歯を触れ合わせている人が急増している。これをTCH(Tooth Contacting Habitの略)、歯列接触癖と言います。
TCHがトリガーになっています
微弱な力でも、何時間も歯を接触させていると、顎の筋肉が緊張状態を記憶してしまいます。この持続的な微弱ストレスが夜間の100kg超の爆発的な歯ぎしりを引き起こす引き金になっています。日中の筋肉の緊張がリセットされずに夜間に持ち越され、就寝中の激しい歯ぎしりや噛み締めを引き起こすと言われています。
歯ぎしりや噛み締めがもたらす2大症状とは
知覚過敏と顎関節症です。どうしてその症状がおこるのでしょうか。
知覚過敏

毎日何百キロもの力が歯に加わることで歯、特に歯の根元に、目に見えない微細なヒビ(マイクロクラック)が入るのです。そこから冷たい刺激が神経に伝わり、虫歯でもないのに歯がしみるのです。ヒビが入ることは特別なことではありません。加齢と共に歯が黄ばむのはそのことが原因ですし、ホワイトニング治療は薬剤をヒビに浸透させて効果を得ます。ホワイトニング治療の副作用の一つが知覚過敏です。高齢者皆さんに知覚過敏症状が現れるわけでもありません。個人差もあります。知覚過敏の真犯人と言うことも過言ではないと思います。
顎関節症

食事の時は数十キロの力が、睡眠中の噛み締めでは自分の体重の数倍もの力が顎にかかります。顎関節は顎の骨と頭蓋の関節です。関節には関節円板というクッションがあるのですが、噛む力によって円板がズレたり、関節周囲の筋肉が炎症を起こして、口が開かない、開けづらい、開け閉めで音が鳴る、痛むといった顎関節症を引き起こすことがあります。関節円板というクッションは、わず「厚さ1〜2mmの組織です。毎日何時間も数百キロの圧力がかかれば、クッションが前方にズレ落ちたり穴が開いたりします。そのことで咬み合わせが変わることもあります。
解決に向けて何をすればよいのか
残念ながら即効性のある解決法はありません。毎日の積み重ねが必要になります。これから述べるこの地道な認知行動療法によって脳のプログラミングを書き換えることだけが、マウスピースに頼らない根本解決への唯一の方法です。
認知行動療法(貼り紙法)

TCH(噛み締め癖)はなかなか自分では気づきません。噛み締めは無意識にやってしまうため、ハッと気づく回数を増やすことが最大の治療になります。そこでパソコンやスマホ、壁など1日に何度も絶対に見る場所に、“歯を離す” “リラックス” “力を抜く”と書いた付箋を貼り、もし噛み締めているのに気づいたら上下の歯を離しましょう。1日に10回以上意識的に力を抜くようにしてみましょう。唇を開ける必要はありません。鼻からハッと息を吐いて、顎の力を抜きましょう。この訓練を繰り返し、脳の上書きを行いましょう。仕事や作業に集中すると無意識に奥歯に力が入っていることが多いです。潜在化に刷り込んでいきましょう。そうして歯の接触時間を1日20分以内に戻していきましょう。
貼り紙法のポイント
自分で思っているより噛み締めているのに気づくでしょう。気づいて、離す、を繰り返すうちに、脳が歯を離すのが正しい状態だ」学習し、早ければ2〜3週間ほどで無意識に離せるようになっていきます。そんな原始的な、と否定せず、まずはデスクの周りに1枚付箋を貼ることから始めてみてはどうでしょう。
噛み合わせが良くないと噛み締めるや歯ぎしりすることもある
噛み合わせの高さは加齢と共に低くなっていきます。低くなると下顎は後方に下がります。下がると噛みしめがきつくなります。また気道が狭くなるので呼吸しやすいように歯を削ってでも顎を前に出そうとするので歯ぎしりをするのです。出っ歯、受け口、過蓋咬合、叢生、歯並びがよくないと顎が小さいので呼吸しづらいので歯ぎしりや噛みしめをする原因になります。ですから嚙み合わせを補綴治療や矯正治療で治すことも大切なのです。
体の癖

頬杖やうつぶせ寝、横向き寝、スマホネックなどいろいろな生活習慣が歯並びを崩します。崩れた歯列でも口腔内が狭くなり気道を狭くする原因になり、歯ぎしりや噛み締めの遠因となります。TCHだけでなく体の歪みにも気を付けなければなりません。
まとめ
マウスピースをしていれば歯ぎしり対策になると思ってらっしゃる方は多くいます。このコラムを通してマウスピースしても歯ぎしりが治らないことは理解いただけたかと思います。まずはTCH(噛み締め癖)という長年の癖を治す努力をすべきです。時間がかかりますが日々の意識改革こそが、歯ぎしりや噛みしめだけでなく知覚過敏や顎関節症から身体を守る唯一の方策です。マウスピースは歯が削れるのを防ぐ緩衝材に過ぎません。防具としてのマウスピースは使うもののだとご理解ください。



