目次
先生、腫れました!
口の中の歯茎や鼻の下、頬骨の下、顎の下などが腫れたりして診療所にくるきっかけになる方が多くいらっしゃいます。腫れるのは身体の防御反応ですから悪いものではありません。とはいえ防御機構が働くのですからそれを発動させる異物、起炎物質(炎症を起こさせる物質)がその場所に存在しているのです。
ズキズキするのは
身体にとって良くないものですから、身体を守ろうと身体中から免疫細胞を血管に乗せて送り込んでくるのでズキズキします。免疫細胞が敵役と戦い勝利すれば腫れ、すなわち炎症が収まってきます。免疫細胞をいっぱい送り込むために血管は大きくなりますから、脈を打つことは免疫細胞をたくさん送り込んでいることなのです。やっつけた残骸がいわゆる膿と呼ばれます。膿がたまっていくと腫れは大きくなります。膿を出す出口があれば腫れは小さいです。出口が無いと中で溜まりますから腫れがきつくなりますしズキズキ感が増します。
風船
表皮や粘膜のすぐ下に膿があるとわかれば少し切れ込みを入れると膿が出てきます。一時的に痛みはありますが内側から膨張しようとする力が無くなりますからグッと痛みは引きます。膨らみ切らない風船に水を入れて針で穴を開けようとしても風船の厚みで割りずらいですが、大きく膨らませて水を入れた風船は厚みが薄くなっていますから僅かな切れ込みや刺激で割れます。そうすると風船は萎みますよね。傷口自体もそう大きくせずに済みます。とはいえ、それだけ膿が溜まっているのですから溜まり切るまでの時間、痛みや腫れはあるわけです。炎症がまだそれほどきつくない時期に対処できると腫れたりするリスクはぐっと減ります。治療中の歯でも、それまで痛みのない歯でも、治療がすんでいる歯でもそれは起こりえます。
抗生剤と鎮痛剤
腫れている時に有効なのは抗生剤です。抗生剤は炎症を抑制するために用います。ターゲットとする細菌をやっつけることはもちろん、免疫細胞の働きを助け溜まっている膿を老廃物として血管に戻しその場から立ち退かせようとします。第一選択として合成ペニシリンが歯科では選択されます。ペニシリンアレルギーがある方もおられるので、それに近似した抗生剤もありますが薬剤そのものの効果はペニシリンの方が有用とされています。
第一選択
薬剤耐性という言葉をお聞きになったことはあるかと思います。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)とかバンコマイシン耐性腸球菌(VSE)とか。ウィルスもそうですが微生物の方も生き残ろうと必死ですからその構造を変えていきます。既成の抗生物質に耐性を獲得して薬の効果が出なくなくなります。歯科治療で耐性を持った細菌が原因で治療が難治化することはあまりありません。一般的な第一選択であるペニシリン系のもので対応することが多いです。そのペニシリンで効果が出にくいこともあります。抗生剤にもいろいろな種類があります。もとはペニシリンですがそれを元に化学構造を変化させています。それぞれ得意とするターゲットが、つまり細菌ですが微妙に違います。ペニシリンの効果が出にくい場合には抗生剤の種類を変えます。
第二選択
各医師によりどれを第二選択にするかはまちまちですが、私はキノロン系とよばれる抗菌剤を第二選択にしています。身体に合う、合わないがありますから、念のため第三選択まで当院は用意しています。原因となる細菌も複数のこともありますから症状の改善に時間がかかることもよくあります。ちなみにですが抗生剤はウィルスには効果がありません。インフルエンザ、コロナウィルス、ヘルペスウィルスなどです。こういったものには抗ウィルス薬が必要で歯科では処方できません。
鎮痛剤で炎症はよくならない
腫れる前には痛みが大抵あります。痛みが先行して発生し、1日~2日くらい遅れてその場所が腫れてくることが多いようです。虫歯だと腫れないことが多いのですが虫歯が大きくて神経のダメージがかなりある場合には腫れてくることがあります。歯医者はなかなかいきたい場所ではありませんから多くの方は家にある鎮痛剤を探して服用されるのだと思います。市販のイブ、ロキソニン、バファリンなどがおそらくそれに相当するのでしょう。
どうしてもの時に
鎮痛剤は一般的に痛み止めになります。痛覚を司る神経に作用して痛みを和らげます。神経に作用しますが腫れている部分に効くのではありません。炎症を抑える効果は多少ありますが、本来の役割ではありません。原因に対して作用しているのではありませんから腫れは引きません。腫れているときは素直に嫌でも受診されることをお勧めします。
トップ3
親知らず 智歯周囲炎
腫れと言えば一番思いつくのではないでしょうか。本来人間には親知らずがきちんと生えてくるだけ顎が大きかったのですが、文明の発達と共に摂取する食事の軟食化が進んで顎が小さくなっていき、親知らずが真っすぐ生えてこれなくなりました。それよりちょっと前に生えている大きな歯のように完全に生えきれないので、親知らずの周りの歯茎との間に炎症を起こし歯茎が腫れるのです。ちょっとした磨き傷、体調不良、ストレスなどで腫れます。抗生剤を使って炎症に対応します。
抜歯も考えましょう
生えきれない親知らずが原因ですから一時的に炎症が収まったとしてもまた腫れる可能性があります。根本的な治療は抜歯になります。抜かずに済ませたいところですが、あとあとのことを考えると痛んでいない時期に抜歯されることをお勧めします。きちんとまっすぐ生えていて、かみ合わせる反対側の歯があってちゃんと噛んでいるなら一考してもよいと思います。
歯周病
歯周病が進行していくと歯を支える骨が無くなっていきます。健常だとその骨の上に歯茎が薄く乗っているのですが、炎症があると歯茎が腫れます。厚みがでます。歯茎の厚みが薄いとは歯周ポケットがほぼ無い状態、厚いとは歯周ポケットが深い状態です。服のポケットが小さくて浅いと物が入りませんよね。逆にポケットが深いと物がたくさん入ります。歯周ポケットでいうと、浅いと歯ブラシでその中の汚れが取りやすい、深いと汚れが残りやすいということです。残った汚れが溜まっていくと腫れる、ということです。腫れるきっかけは体調不良、ストレス、磨き傷など、どれということはありません。ちょっとしたことがきっかけになって腫れます。
抜歯にならないためには
これも抗生剤で炎症を抑えるのですが、歯が浮いたようになるので噛んで痛い場合にはかみ合わせの調整をします。炎症が治まっても歯周病を治さないと繰り返す可能性が高いです。歯を支える骨がほぼ無いときには炎症が治まったら抜歯、重度の歯周病の場合もその可能性が高いです。中等度であれば局所麻酔下で外科的な歯周病治療を行います。普段から定期的な口腔内メンテナンスと家でのセルフコントロール、すなわち効果的な歯ブラシが必須です。歯ブラシはしていても効果的な歯ブラシでないとしていないのとなんら変わりません。虫歯と違ってなかなか完治することは難しい病気です。自覚症状が出てきた時にはかなり進んでいると思っていただいて構いません。
根尖病巣 根尖性歯周炎
虫歯が進行してしまい歯の神経まで達してしまった場合、神経治療はしていてもその歯が再度虫歯になってしまったなどの場合に歯の付け根あたりが腫れます。神経を取る治療をしていると虫歯が進行していても滲みるという症状がありません、神経を取っていてもきちんとケアしていないと虫歯になります。口の中の細菌が虫歯のところから奥の方、奥の方と進行していきます。根の先までいくと細菌は血液から栄養をもらえます。外敵がいませんからとても住みやすいのです。細菌自体、あるいはその産生物質が炎症を引き起こし腫れます。放置しておくと更に奥の方まで進行し、骨髄炎や蜂窩織炎になることもあります。
点滴することも
あまりにきつく腫れる場合には抗生剤だけで対処できないこともあり、切開はもちろん口腔外科などで点滴をしてもらうこともあります。基本的には根の中の治療をするのですが、痛みのきついときには取り掛かれないことが多いです。残っている歯の量にもよりますが抜歯になることもあります。
割れているかも
細菌ではなくて歯にヒビが入ることで同じような症状を起こすことがあります。何度も根の治療をして残っている歯が薄くなっていて割れたり、噛みしめがきつくて歯が割れたりします。噛みしめのきつい方ほど自分はそんなことはないとおっしゃいます。他の部位にその兆候が散見されることが多いのです。
根本的な治療を
腫れる原因のトップ3に関して記してみました。鎮痛剤は市販されていますが抗生剤は市販されていません。診断の上処方されるものです。歯科で抗生剤を処方するのは炎症を抑えるもので、それで治るわけではありません。原因を取り除かないと再発します。あくまでも一時的に用いるものなのです。